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  • ネタバレ厳禁って程じゃないけど情報はあまり入れずに観た方がいい『WEPONS/ウェポンズ』

    この映画がアメリカで大ヒットしている、という情報を聞いてから、いつか日本で公開される日まで、極力この作品についての情報を見ないようにしよう、と決めた。情報過多な昨今、気を抜くとネタバレ記事やおいしいシーンの映像を見てしまうことが多く、それがこの手の映画の鑑賞時に致命傷となることが多いと思っているので気をつけていた。

    というわけで、ようやく『WEPONS/ウェポンズ』が日本公開された。公開週の平日夜の回に映画館へ向かうと、大きめのスクリーンでの上映だったがお客さんは5〜6割の入り。観やすい席はほぼ埋まっている。

    もちろん予告編も見ていないし、どんなストーリーか、誰が出ているかも知らずに映画を観るのはとてもワクワクする経験だ。

    少しだけストーリー。アメリカのある小さな街で、ある学校のクラスメイト17人が水曜日の深夜2時17分、暗闇の中に走り出して姿を消した。クラス担任の女性教師ジャスティンは集団失踪事件に関与しているのではないかと疑いをかけられ、その真相に迫ろうとするが、この日を境に街には不可解な事件が多発していく…。

    ネタバレ厳禁の映画なので、僕の感想も含めてあまり多くを記すのはやめておこうと思うけど、70年代のB級ホラーや、ジョン・カーペンターやデヴィッド・クローネンバーグらの初期の作品、スティーブン・キングの小説なんかが好きな人は絶対に観た方がいいです。不穏なドキドキ感やショック・シーンがたっぷりあって楽しめること請け合いです。

    『WEPONS/ウェポンズ』監督・脚本・製作・音楽:ザック・クレッガー @池袋グランドシネマサンシャイン シアター6

    以下少しネタバレありの蛇足的追記:

    🔳低予算B級映画だと思っていたので主演のジョシュ・ブローリンをはじめ『ドクター・ストレンジ』のベネディクト・ウォン、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』のオールデン・エアエンライク、『ストリート・オブ・ファイヤー』のエイミー・マディガンなど名のある俳優たちも結構出ていてびっくりしました笑

    🔳あまり予算もかけているようには見えませんが、画作りが丁寧なのでしょぼい感じが全くなく、ちゃんと緊張感が途切れないように作ってあるのはさすが。画面が本当に美しくて、人によってはトラウマ級の恐怖体験になるかもしれませんね。監督・脚本・製作・音楽のザック・クレッガーという名前は覚えておいていいかもしれません。

    🔳最後までワクワクしながら見ましたが、タイトル『WEPONS/ウェポンズ』の意味するものとか、起こっている事件が何のメタファーになっているのかなどが、もうちょっとだけ明確になっていたらものスゴイ傑作になっていたような気がします。そこは少し惜しかった。

    1976年公開『ザ・チャイルド』傑作です!オススメですが、今やBlu-rayを購入するしか観る手段がない。値段がもう少し安かったらな…

    🔳この映画を観ていて思い出したのは1976年公開のスペイン映画『ザ・チャイルド』。ある孤島にバカンスにやってきたイギリス人夫婦が島に大人が全くいないことを不審に思っていたら、子供たちが…?!というお話。直接的には描かれていないけれど、歴史的に世界中で小さな子供たちを虐げてきた大人たちへ静かな怒りみたいなものが、島の子供たちの眼差しの中に宿っていて、すごく心に残りました。そういうものが『WEPONS/ウェポンズ』でもうっすらでいいから見えてくると良かったなと思いました。

  • 60年前すでに完璧なスタイルを築いていた名作『サウンド・オブ・ミュージック』に改めて感嘆

    製作60周年を記念して、1965年公開の名作ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』が期間限定で劇場公開された

    僕がこの作品をちゃんと観たのは割と最近(と言っても10年くらい前だが笑)。それまではテレビ放送されたものを途中から観たことがあったりしただけで、なんとなく観たような気になっていたのだ。で、10年ほど前に確か『午前10時の映画祭』だったと思うが、ちゃんと劇場でノーカットで全編をしっかりと観た。

    その時思ったのは「なぜこんな素晴らしい映画を今までちゃんとした形で観ずにいたのだろう」という後悔だった。先人たちが「名作、名作」などと言っているものはなんとなく敬遠したくなるもので、僕もそんな感じで積極的に観たいとは思っていなかった。でも実際に観てみたら上映時間3時間の間、一瞬たりとも飽きさせない傑作だった。

    まずは楽曲の素晴らしさ。今やスタンダートとして誰もが知っている曲のオンパレードで、誇張なしに全部名曲である。その楽曲たちを最大限に活かした見事なミュージカルシーンと物語の面白さ。ジュリー・アンドリュース、クリストファー・プラマー、そして子供たちの生き生きとした演技。天才的な監督ロバート・ワイズの演出。美しいオーストリアのロケーションと、どれをとってもダメなところがない。

    映画を観た後、調子に乗って劇団四季版の舞台も観に行ってしまったくらい、この作品の素晴らしさに打ちのめされてしまった。ちなみに四季版も実に良かった。もうこの作品は、映画化される前のブロードウェイ・ミュージカルの時点でそのスタイルを完成させ、何十年もの間世界中の多くクリエイターに影響を与え続けているのだな、と驚嘆した。

    で2025年11月、映画製作60周年を記念した劇場公開が行われたわけだ。僕はTOHOシネマズ日比谷で鑑賞したが、なんとスクリーン5というキャパ386席というかなり大きめのシアターでの上映だったことに驚いた。そしてかなり早い段階からチケットがどんどん売れていき、当日朝には完売状態だった。劇場に集まった観客はもちろんオールドファンが多かったけれども、皆さん新作映画を観るように熱い視線をスクリーンに注いでいた。みんな大人なので静かに観ていたが、本当はトラップファミリーと一緒に歌いたかっただろうな、と思った。

    先日観た『アマデウス』も同様だったが、何十年経っても人々がお金を払ってスクリーンで観たいと思う作品というのが真の名作であると僕は思う。劇場でこの作品を観るのは3回目だったけれども、これからまた何度でも観たいと改めて思えた3時間であった。

    2025年11月29日(土)@TOHOシネマズ日比谷 スクリーン5

    蛇足的追記:

    今回少し残念だったのは、TOHOシネマズ日比谷のスクリーン5のフルスクリーンでなくビスタフレームでのトリミングシネスコ上映だったこと(1.85:1のビスタフレームの中に2.35:1のシネマスコープフレームが収まってて、上下が黒味が出る)。

    これはおそらく、上映素材が、新たに発売される4K UHD用のマスターだったと思われ、これが一般家庭用テレビ用の16:9(ビスタとほぼ同じ)フレームで作られているからであろう。

    映画『サウンド・オブ・ミュージック』製作60周年記念版 4K UHD+Blu-rayセット 
    2026年1月21日発売 

    『サウンド・オブ・ミュージック』のオリジナルフレームはシネマスコープ(2.35:1)なので、本来TOHOシネマズ日比谷のスクリーン5なら、フルスクリーンで上映されるはずだが、上記のような経緯で今回は少し小さめのフレームになってしまった。難しいだろうけど、もしこの情報が事前告知されていればもう少し前の席を取ったのになあ〜と思ったが、後の祭りである。まあ、貴重なスクリーン鑑賞の機会だったし、その4Kマスターのおかげで映像は綺麗だったのでよしとするか。

    こういうのはたまにあって、リブート版の『ゴーストバスターズ』(2016年)とかクリストファー・ノーランの『テネット』(2020年)とかも、期待してフルシネスコの映画館を選んだのにビスタのトリミングシネスコ上映でがっかりした。こういうのは作品の内容以前に気分が落ちる。昔は映写技師がちゃんとフレームを合わせてくれたものだが、シネコン時代となった今は、そういう融通は効かないのでしょうね。

    そういえばこの作品と同じロバート・ワイズ監督の『ウエストサイド物語』(1961年)をスティーブン・スピルバーグが2021年にリブートしましたが、全然ダメでしたね。『サウンド・オブ・ミュージック』も映画のリメイク、リブートはやめて欲しいです笑。

  • 『アマデウス』40年の時を超えてスクリーンに蘇った愛と嫉妬の愉楽

    我々世代にはたまらない名作上映企画『午前十時の映画祭』で1985年日本公開の『アマデウス』4Kレストア版が上映されることになった。もちろん公開当時に劇場鑑賞し面白く観た記憶はあるが、それ以降1回も観ていなかった。

    というのも、当時は僕はまだ若く、この映画について少し「真面目で堅苦しい」という印象を持ったのかもしれない。なので、今回の上映も観るべきかかやめるべきか迷った。さらに最寄りの映画館が池袋グランドシネマサンシャイン・シアター6で、ここはアップグレードのBESTIAスクリーンで追加料金が300円かかってしまう。4Kレストア版とはいえ、40年前の映画に追加料金300円出す程の価値があるかな?と、正直悩んでいたのだ。

    で、グズグズしていたのだが結局「見逃して後悔するより観て後悔だ」と気持ちを切り替え、公開2週目の日曜日にチケットを押さえて劇場へ向かった。上映シアターのキャパ235席はなんと満員。朝9時55分スタートの回なのにオトナの観客ですごい熱気だ。

    ピーター・シェーファー作ブロードウェイの舞台劇を『カッコーの巣の上で』のミロス・フォアマンが映画化。天才音楽家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの知られざる半生を、彼を妬む宮廷作曲家サリエリの視点で描く物語。すっかり忘れていたが米・アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞(F・マーレイ・エイブラハム)など堂々8部門を受賞している名作である。

    で、40年ぶりとなる再鑑賞の感想だが「凄まじく面白かった!」。上映時間2時間41分があっという間に過ぎていく。特に印象に残るのはやはりサリエリのモーツアルトへの嫉妬と尊敬がせめぎ合うクライマックスのシーンだが、それ以外にも85年当時は気づけなかったことも色々わかるようになって、初めて観た時よりも深く感動した。

    なんといっても全編映画としての精度の高さが圧倒的だ。隙のない濃密なドラマの中に、モーツアルトの名曲の数々を「これでもか!」とバンバン挟み込んでくる。まさにモーツアルトのオールタイム・ベストを彼の生涯の物語付きで鑑賞できるゴージャスな体験だ。しかも今回観た池袋の劇場はめっちゃ音が良くて、深く響いたり、広く包み込まれるようになったりと本当に素晴らしかった。さすが300円の追加料金をとるだけのことはある(しつこい笑)。

    そして驚いたのは観客のほぼ全員が、ものすごい集中力で映画を見ていたということ。もちろん売店でポップコーンやスナックを買ってきている人もいたけど、バリバリものを食べるような音を立てる人は一人もいなかった。まるで観客全員が劇場を満たす音楽を一音も聞き漏らさないようにしているかのようだった。

    さらにエンドロールに入っても誰も席を立たず、終わった瞬間には結構盛大な拍手が起こった。僕も「コンサートじゃあるまいし」とか思いつつ、一緒に拍手してしまった。日本人はシャイだから、もちろん観客全員ではなかったけれど、多くの人がこの映画を心から楽しんだことがわかる、実に感動的な劇場体験でした。観るのをやめないで本当に良かった。

    いつかまたこの作品が劇場公開されたら、今度は何十年も空けずに必ず観に行きたい。その時もぜひグランドシネマサンシャインの素晴らしい音響と大きなスクリーンでの上映だったらいいなと思う。ちゃんと追加料金300円払いますから笑。

    11月16日(日)@池袋グランドシネマサンシャイン シアター6BESTIA

  • 『平場の月』を見上げながら、井川遥の主演女優賞を祈る

    山本周五郎賞を受賞した朝倉かすみさんの小説を『ハナミズキ』(2010年)、『花束みたいな恋をした』(2021年)の土井裕泰監督が映画化。僕はラブストーリーは苦手だけれど、50代の恋愛ということで興味が湧いたのと、個人的に高く高く評価している『映画ビリギャル』(2015年)の監督でもある土井監督のメガホンということで映画館へ。公開1週目の平日夜の回は6割程度の座席が埋まっていて、落ち着いた大人のいい雰囲気だった。

    離婚して地元へ戻り、印刷工場に再就職した青砥健将(堺雅人)は、病院の売店で偶然中学時代の初恋の相手だった須藤葉子(井川遥)と再会する。彼女もまた夫と死別し地元へ戻っていたのだ。互いに独り身となり、離れていた時間を取り戻すように過ごす二人は、再び惹かれ合うようになるが…というストーリー。

    静かに淡々と進んでいく映画のテンポが心地よくて、役者は皆笑っちゃうほど適役で芝居が上手く、演出も抑制が効いていて心に染みる実にいい映画でした。

    この映画を若い人たちが観るのかどうかはわからないけれど、40代以上の人なら確実に心に刺さる映画なのではないだろうか。50代という人生の終盤に差し掛かる年齢になると、いろんなことが思うようにはいかない。恋愛だって、若い時のようにはいかない。そういうことをこの映画は丁寧に丁寧に描いていく。

    そして、物語の終盤で井川遥演じる須藤葉子は、普通ならあまりやらないような、ちょっと驚くような行動を取ってしまうことになるのだけれど、同年代(かそれ以上)の人たちにはその気持ちがわかりすぎるほどわかってしまうのが実に切ない。

    主演の堺雅人は、TBSの日曜劇場で見せるような圧倒的オーラを消して、地味な一般の男を演じていて素晴らしい。そして井川遥が、想像以上の存在感を放って心にのこる演技を見せてくれる。これは嬉しい誤算というか、予想以上のサプライズだった。

    モデル出身の女優である井川遥は美しいし、いいお芝居をするけれど、一般的に演技派というふうにはみられていないと思う。僕は2002年公開の『tokyo.sora』(監督:石川寛)という映画を観て、とても素晴らしい感性の女優さんだと思っていたけれど、ずっと主演で立つタイプの女優というふうには見ていなかった気がする。

    この映画での彼女はいわゆる泣き叫んだり、狂気を見せるような役柄ではないので、演技の評価はわかりにくいかも知れないけれど、須藤葉子という、かたくなで、強く、そして弱い女性の複雑さを井川遥は見事に表現していた。これはやはり、20年以上様々な作品に出演しながら年齢を重ねてきた彼女の実人生が役と重なって見えるからで、抗えない身体の衰えとか、そういうところも込みで本当に素晴らしかった。できれば彼女に今年の主演女優賞を獲ってほしいと思うほどだ

    それと、この作品は埼玉県朝霞市が舞台で、実際にロケも行われている。駅周りや河原、路上といったごくありふれた日常的な場所が物語の舞台となるのだが、これがまた実に効いている。朝霞の風景には、これは日本のどんな場所でも起こりうる、ごく普通の人たちの物語だという説得力があってとてもよかった。さらに主人公ふたりの中学時代の回想エピソードのロケーションも、現代パートとリンクしていて素晴らしかった。

    僕はどうしてもテレビ局所属で映画を撮る監督というものを、あまり信用できないという偏見を持っているのだけれど、土井監督はさすがの実力者だなと認めざるを得ない完成度の映画でした。そして脚本は向井康介。原作が素晴らしいのは前提ですが、脚本も実に研ぎ澄まされていて名脚本だと思います

    11月18日(火) @TOHOシネマズ池袋 スクリーン8

    蛇足的追記:

    🔳それにしても出てくる役者が皆、役にピッタリすぎて笑ってしまいました。大森南朋、宇野祥平、でんでん、安藤玉恵、柳俊太郎、黒田大輔、松岡依都美、前野朋哉、吉瀬美智子、成田凌などなど。キャスティングディレクターさんは天才ですね。

    🔳キャストでびっくりしたのはまず中村ゆり。「中村ゆりそっくりだな〜」と思ってたら本人だった笑。あまりにも清楚で妹感があって、これまで他の作品で見てきた彼女のイメージと全然違っていたので驚きました。出番は少ないけどとても印象的なお芝居でした。

    🔳そして塩見三省さん。何年か前に脳出血で倒れられて、だいぶ痩せられていましたが、存在感のある役を立派に演じられていて感動しました。

    🔳さらに椿鬼奴さん。引きの画であまりにもさりげなく出られていたので最初気づかなかったのだが、「あれ?この声は…」と思ったらやはり鬼奴さんだった。ラスト近くに大事な芝居があって、実はとても重要な役だったことが最後にわかるのだが、こういう芝居をサラッと演じられるんだから、芸人さんって本当に凄いなと思いました。

    🔳11月18日の深夜には、主題歌を担当した星野源さんが自身のラジオ放送「オールナイトニッポン」に土井監督と那須田プロデューサーを招いて、この映画の裏話をたっぷり紹介していました。興味深いエピソードが満載だったので気になった方はぜひradikoなどで聴いてみてください。

  • 公開初日から怒涛の細田叩きが荒れ狂う『果てしなきスカーレット』を曇なき目で観る

    『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(2009年)の細田守監督の最新作。11月21日(金)公開初日の夜の回に観に行ったが、近年の新作劇場用アニメーションの初日とは思えない観客の少なさにちょっと驚いた。これは細田守作品への期待値の低さ、あるいは警戒感がだいぶありそうだ。ネット上のレビューには早くも激しい賛否両論の意見が飛び交っているが、僕が見たところ「否」の意見が多い。ある程度予想できた事態ではあるが、こういう場合、まず肝心なのは周りの意見に左右されず、「曇りなき目(まなこ)で」作品に接することだろう。

    16世紀末、デンマーク国の王女スカーレットは、父親を殺した叔父・クローディアスへの復讐に失敗し、《死者の国》で目を覚ます。そこは人々が略奪と暴力に明け暮れる世界で力のない者や傷ついた者は《虚無》となってその存在が消えてしまうスカーレットはそこで現代の日本からやってきた看護師・聖と出会う一方で、敵であるクローディアスがこの世界にも居ることを知る。改めて復讐を誓ったスカーレットは、聖と共に旅をしながら父の仇を追う…と言うお話。

    で、僕の感想は「面白くは観たけれど、残念ながら心は震えなかった」である。細田作品の中で順位をつけるなら、『未来のミライ』(2018年)、『竜とそばかすの姫』(2021年)よりほんの少しだけ上という感じ。つまり『時かけ』と『サマーウォーズ』を最上位として、中間の『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)、『バケモノの子』(2015年)よりかなり下に位置する、といった感じになる。

    物語は「細田版ダーク・ファンタジー」と言う感じで、シネマスコープのスクリーンサイズを生かしたダイナミックな映像表現は特に興味深かったし、アクションシーンなども見応えはあった。豪華な声優陣の芝居も見事だったし、平和へのメッセージもきちんと伝わってきた。

    ただ、多くのアニメーション監督が陥りがちな「独りよがりな世界観の中での都合の良い作劇」に細田監督も陥っている感じがした。この映画は中世デンマークを基本舞台とし、メインとなる「死者の国」と、聖が生きていた現代日本の三層構造となるが、その三世界をつなぐメカニズムとルールが実に曖昧なのだ。謎の老婆(声:白石加代子 名演でした)が登場して、一応解説はするのだが、取ってつけたような後出しジャンケンみたいな感じご都合主義的展開が続き、何だか全然話に乗っていけない、ハラハラドキドキもしない、というのが、この映画に没入できない最大の要因だろう。

    多くのレビュアーが言っている「細田監督は別の脚本家を立てるか、共作すべきでは」と言う意見に、残念ながら僕も賛成する。今や日本を代表するヒットメイカーであり、アニメーション監督である細田守にものを言うのは難しいだろうが、監督の構想に対等な立場で客観的な意見を言う人はやはり必要なのではないだろうか?

    とはいえ細田監督は『時かけ』『サマーウォーズ』を手がけた才人だし、まだ若いのだから、これからまだまだ傑作を作れるはず。あまりスケールを広げすぎずに、地に足のついた作品を生み出して欲しいものだ。

    11月21日(金)@TOHOシネマズ池袋 スクリーン6

    蛇足的追記:

    ▪️別に入場者プレゼントが欲しいとは言わないけれど、昨今のアニメーション映画は入場特典が充実していて、それも映画館へ足を運ぶ楽しみになっていると思う。この映画もポストカードとか、ミニポスターとか、その程度でいいので何か用意してもよかったのではないだろうか。慌てて用意したようなショボいシールをもらったけど正直「なんじゃこれ」と言う感じでがっかりでした。

    ▪️「芦田愛菜の演技が良くない」と言う意見も多く目にしたけれど、僕はそうは思わなかった。他のどんな作品にも似ていないオリジナルなヒロイン像をきちんと演じていたと思う。演技的に拙いところがあったとしても、それ込みでキャラクターの味だと僕は思う。あと、基本的に声優陣は名の知れた有名な俳優さんたちが演じているのだが、総じて皆さんいい意味で自身の顔をイメージさせない素晴らしい演技だったと思います。エンドロールで、「えーあの人が演じていたのか」と驚かせてもらいました。

    ▪️特にプロダクションデザインや背景、美術が実写的すぎると言うことも感じたけれど、これはアニメーションの新しい表現として、まあ許容できる。日本のアニメーションの魅力である「手描き作画感」は大事にして欲しいと思うけれど。

    ▪️アクションシーンは素晴らしかった。モーションキャプチャーで実際に俳優に演じてもらったデータを取り込んでアニメ化していると思うが、リアルとアニメ的な非現実感のちょうどいいバランスを取っていて表現として実にうまかったと思う。カットを割りすぎないのが今風で、キャラクターがとのように体を使っているのか(スピード感とか重力)がわかるのでとてもよかった。

    ▪️クライマックスのクローディアスの最後のシーンは、これぞ日本製アニメーションの真骨頂、と言う感じで素晴らしい表現だった。背景美術の効果と、役所広司さんの名演技も相まって凄まじいド迫力で「悪魔の断末魔」を見せてくれたと思う。細田守はこのような素晴らしい表現ができる監督なのだから、観客のみなさんもあまり叩きすぎないように、温かく見守っていきましょうよ笑。

  • この魅力を伝えるのは難しいが、不思議な情感がとめどなく溢れ出る『旅と日々』

    『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)、『夜明けのすべて』(2024年)の三宅唱監督の最新作。2022年の僕の日本映画ベスト作品である『ケイコ』の三宅監督最新作を見逃すわけにはいかない。と、いうわけで公開初日から1週間経った映画館へ足を運んだところ、意外にも(?)お客さんは6〜7割程度入っていてびっくり。

    原作はつげ義春の漫画『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』。映画の前半は、行き詰まっている脚本家の李(シム・ウンギョン)が構想する物語で、夏の海で高校生らしき男と陰のある女(河合優実)が出会い、雨の中の荒れた海で泳ぐ…という話。後半は気分転換に旅に出た李が、雪深い寂れた宿に辿り着き、ものぐさな主人・べん造(堤真一)と過ごす数日を描く。

    淡々と、筋立てらしい筋立てもなく物語は進み、半ば唐突に終わる。僕は「ガロ」の熱心な読者ではなかったが、何作かつげ義春さんの作品は読んだことがあるので、どういう作風なのかは知っていた。そういう意味ではつげさんの漫画のトーンをそのまま生かした映画になっていると感じた。

    もちろん物語はあるのだが、いわゆる起承転結のようなわかりやすい作劇がないので、苦手な人は苦手だろう。でも僕が観た回にいた観客たちは皆、ここで描かれている世界を楽しんで観ていたようだった。笑いもあったし、その淡々とした時間の流れに身を委ねて、心地よい感覚を味わっていたように思う。

    主人公を演じるシム・ウンギョンは本当に不思議な女優だ。『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)、『怪しい彼女』(2014年)という韓国コメディ史に残る2大傑作に主演した名女優でありながら、日本映画への出演を積極的に続け、『新聞記者』(2019年)では何と日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞まで獲得してしまった。今回の作品も決してわかりやすい内容ではなく、日本の女優であっても演じるのは難しいと思うが、彼女はいたって飄々と存在感を発揮し、すんなりこの世界の住民となっているように見える。

    河合優実も然り。近年、破竹の勢いでさまざまな映画、ドラマに出演し続け、それぞれの作品でしっかりと強烈な印象を残している彼女。今回の彼女の魅力をあえて挙げるなら、自身のセクシーさに制限をかけず、肝の座った存在感を見せてくれるところだ。最近の女優は少し人気が出てくると、「水着はダメ、下着もダメ、ベッドシーンなんてもってのほか」などとやたらイメージに制限をかけてくるが、河合優実はそういうところが微塵もない。ちゃんと監督や原作者に対する信頼と理解ががあるのだなと感じられる。だからこそ彼女は多くの優秀なクリエイターに求められているのだ。

    そして、こういうジャンルの映画にあまり出演しているイメージがない堤真一が出演している。彼もまた、パブリックイメージとは一味も二味も違うド田舎の変なオヤジを楽しそうに演じていて、シム・ウンギョンと絶妙な絡みを見せてくれる。

    さらに二つの物語の間を繋ぐブリッジ部分には「つげ義春世界」の住人とも言える佐野史郎も登場。あまりにもこの世界に馴染んでいて笑ってしまうほどだ。

    スタンダート・サイズで切り取られた青い海、雨の海、深い雪、つらら、夜の池など美しい風景もいっぱいで、物語の情感をたっぷり味わうことができる。この映画の魅力を人に伝えるのは難しいが、「この映画が表現している情感に共鳴できる人は信頼できる」と思わせてくれる、貴重で不思議な映画なのだ。

    『旅と日々』監督:三宅唱 (11月14日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター7)

    追記的雑談:

    この映画のスクリーンサイズはスタンダード(1:1.33)。最近『七人の侍』や『ミーツ・ザ・ワールド』など、スタンダードの映画を結構観ている。平たく言うと昔のテレビのサイズで、正方形に近い。映画はビスタ(1:1.85)やシネマスコープ(1:2.35)が主流だが、スタンダードにも独特の味わいがある。『どん底』までの黒澤明作品や根岸吉太郎監督の『遠雷』、伊丹十三監督の『マルサの女』などもスタンダードだ。MGMミュージカルなど、人間の全身を使った踊りを見せるとか、縦構図の動きが多い映画などはスタンダードが効果的だし、通常のドラマ作品でも表情や密度を重視した作品には向いている気がする。

    ただ、唯一気をつけなければならないのは、その劇場のフルスクリーン状態がシネマスコープの場合、画面の両側がかなり狭まり画面が小さく感じることになる点。なのでそういう劇場の場合は、いつも観ているポジションよりやや前に座らなければならない。

    映画を理想的な大きさで観るためには映画のスクリーンサイズ、劇場のスクリーンのサイズ、座席数・配置をあらかじめチェックしておかなくてはならならいのだ。チケット代もバカにならない昨今、映画ファンの飽くなき研究は今日も続く笑。

  • またかと思いつつ、初日に観に行ってしまうシリーズ最新作『プレデター:バッドランド』

    20世紀フォックス映画の(もうフォックスじゃないけどね)ドル箱人気シリーズである『プレデター』であるが、このシリーズがこれまで何本作られたかすぐに言える人はなかなかいないだろう。映画ファンであっても「プレデターの最新作は通算⚪︎作目です」なんて言えたり、3作目以降のストーリーをパパッと説明できる人なんて見たことがない笑。ここが『エイリアン』と大きく違うところだ。

    いきなりけなすようなことを言ってしまったが、とはいえ作られれば観に行ってしまうのが映画ファンの性というもの。このシリーズには何かヘンな魅力があるのですよね。直近のシリーズがどんな話だったかも思い出せないまま。最新作『プレデター:バッドランド』を奮発してIMAX鑑賞。お客さんは6〜7割くらいの入り。満員というわけではなかったけれど、ちゃんと若い人も女性もちらほらいる。で、思ったのが「この人たち何でこの映画観に来たの?」という純粋な疑問(笑)。世の中にはこんなにゲテモノ好きの人がいるのか。

    で今回のストーリーは…高度な文明を持つ戦闘種族であるプレデターの若き戦士“デク”は、父親との確執があり、一族から追放されてしまう。「究極の敵」を狩って一族に認められようとするデクは、偶然上半身しかないアンドロイド・ティア(エル・ファニング)と出会い、双方の目的のために手を組むことになる…。

    というわけで、たびたび『エイリアン』シリーズとクロスオーバーしてきた『プレデター』シリーズですが、今回は『エイリアン』シリーズでお馴染みのウェイランド・ユタニ社製アンドロイドが登場し、物語の重要な役割を果たします。上半身だけになったアンドロイド・ティアとプレデターが共闘することになる、というトンデモ展開が今回のミソですね。

    ところが、結論を言ってしまうと今回の「お話」は意外にもワンパターンに陥りがちなシリーズの中でもちゃんと新しさがあってかなり面白かったと思います。SF映画としてのスケール感もあるし、アンドロイドや異星生物たちの描写も進化していてかなり見応えがありました。

    ただ、ハリウッドの大作アクションに総じて言えることなのですが、ムダに予算かけすぎ(笑)。去年のアカデミー賞の時期に、『ゴジラー1.0』が一般的なハリウッド大作予算の1/10で作られたということが話題になりました。この作品も、見せ場が次から次へと用意されているのですが、それがあまりにも目まぐるしすぎて、緩急に乏しいのだ。せっかく異形の生物がたくさん出てきたり、その生物や植物を使ってプレデターが兵器を作って闘ったりするのに、その描写がいちいち雑なのでカタルシスが起こらないのだ。「あれ、今のがクライマックスだったの?」という感じ。

    この映画を観た後、懐かしくなって1987年公開の『プレデター』第1作(監督:ジョン・マクティアナン)を観直しました。予算はそれこそ最新作の何分の1だと思いますが、見せ場の描写は丁寧でサスペンスも迫力も申し分なく、実に面白かったです。この頃の志を忘れないでほしいものだな、と思った次第。

    とはいえ、ここのところの3作目『プレデターズ』(2010年)、4作目『ザ・プレデター』(2018年)とかに比べたら物語の広がりはありそうなので、デクとティアの物語の続きを楽しみにしておこうかな、という感じです。

    『プレデター:バッドランド』2025年 監督:ダン・トラクテンバーグ(2025年11月7日 @ユナイテッド・シネマ浦和 スクリーン4 IMAX)

    蛇足的追記:

    僕は配信作品である第5作『プレデター:ザ・プレイ』とアニメーション『プレデター:最凶頂上決戦』はまだ観ていません。チャンスがあったらぜひ観たい。

    1987年の第1作を観た時は、あまりにもマンガ的なプレデターの容姿や、浪花節的展開にやや失笑してしまった思い出があるが、時を重ねるにつれて、それらが味になってきた感はありますね。あの「醜い」プレデターの顔も可愛らしく思えてきたし、兵器を使う狩猟種族というのも受け入れられるようになってきました。

    そして改めて思ったのは『プレデター』1作目って豪華だったんだなということ。監督はこの後『ダイ・ハード』(1988年)『レッドオクトーバーを追え!』(1990年)を手がけるジョン・マクティアナンだし、音楽は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)のアラン・シルベストリ、キャストもアーノルド・シュワルツェネッガーに『ロッキー』シリーズのアポロ役、カール・ウェザースとすごいメンツだった。

    今回の入場者特典はプレデターのショボいアクスタみたいなやつ。アクスタならまだいいけど、「プラ板スタンド」みたいな感じで、ペラペラ感半端ない。ペラッペラ。これならIMAX鑑賞時に時々くれるA3ミニポスターの方が良かったな。

    最後に余談も余談だが、この『プレデター:バッドランド』の最も感心した部分は「メインタイトル」だ。冒頭と最後にメインタイトルが出るのだが、これがかなりカッコいい。タイトルロゴのデザインもカッコいいし、音楽などのタイミングもバッチリ。最近は凝ったタイトルバックが少なくなってしまったが、これは久しぶりに映画らしい堂々たるタイトルバックだった。こういうのって大事なんだよね。

  • 14年前に製作されたB級SFスリラーをのんびり楽しむ日曜の午後『ダーケストアワー 消滅』

    またもYouTubeの無料動画で鑑賞。2011年製作、2012年に日本公開のSFスリラーだがこれまで観ていなかった。何かのDVDをレンタルした時にこの映画の予告が付いていて気にはなっていたのだが、鑑賞する決め手に欠けていた。B級映画は大好きなので、できるだけこの手の映画は観たいと思っているのだが、どうしてもタイミングというものがありますからね。で、観てみたら意外に拾いものだったというわけです。

    アメリカからビジネスでモスクワへやってきたショーンとベンがナイトクラブで気晴らしに飲んでいると、突如空から無数の謎の光体が飛来。それに触れると人間は一瞬のうちに灰のようになって消滅してしまう。ふたりはクラブいた3人の若者と共に何とか侵略者から逃げ延びるが、世界各地が同様の事態に陥っていることを知り、侵略者から生き延びる方法を模索する…というお話。

    主人公ショーン役は『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年)、『スピード・レーサー』(2008年)のエミール・ハーシュ。他にはリブート版『ロボコップ』(2014年)のジョエル・キナマンが出ているくらいで、そこまで有名な俳優は出ていない。なので多くのB級映画と同様、先入観なく物語に入り込むことができる。

    この映画のエイリアンがユニークなのは、基本姿はあまり見えないのだが、『宇宙大怪獣ドゴラ』(1964年 監督:本田猪四郎)にちょっと似ていて、クラゲのような姿をしているところ。全然強そうじゃない。体から電磁波(だったかな?)を発生しているため電子機器や照明に反応するという設定で、姿は見えないが、近づいてくると電球が光ったり、携帯が鳴ったりするのだ。古くは『ジョーズ』、最近だと『クワイエット・プレイス』みたいに、見えない敵の存在を常に感じているというスリルがこの作品でも描かれることになる。

    そしてショーンとベンは、ほぼ壊滅状態のモスクワの街を彷徨うわけだが、仲間が加わったり、減ったりしながらある目標まで移動することになる。

    この映画がもうひとつユニークなのは、ロシアとアメリカの合作で、モスクワが舞台になっているところ。ロシアが舞台である必然性みたいなものはあまり感じられないのだけれど、ストーリーが進むにつれて、アメリカ人とロシア人が協力せざるを得ない状況に陥ってくるというのがミソ。そこからちょっと胸熱な展開になっていくのも見どころだ。

    世界崩壊の危機を限定した空間で描写していく手法で、基本的には低予算映画だが、着想の面白さとアイディアたっぷりの見せ方で最後まで面白く観ることができた。ストーリー的に雑な部分は多々あるけれど、そこまで残酷でもないし、尺も長くないので家族や友人たちとワイワイ言いながら観るにちょうどいい1作でした。誰か観てないかな笑

    『ダーケストアワー 消滅』2011年製作 監督:クリス・ゴラック (2025年11月9日 YouTubeにて無料鑑賞・広告付き)

    蛇足的追記:

    実は数ある東宝特撮映画の中でも『宇宙大怪獣ドゴラ』がお気に入りである。この作品のことを知っている人が僕の周りにはあまりいないので面白さをなかなか共有できないのですが笑、東宝特撮らしいセンス・オブ・ワンダーにあふれていて大好きです。この『ダーケストアワー 消滅』を観たいと思った理由のひとつは、エイリアンが『ドゴラ』に似ていたからなんですよね。この映画の監督も実は『ドゴラ』観ているんじゃないかな?聞いてみたい。パクリだと思われるとイヤだから観ていても「知らん」とか言っちゃうのかな?

    あと『ダーケストアワー 消滅』のエイリアンが飛来するシーンは「けさらんぱさらん」みたいにも見えます。

    それとエミール・ハーシュの映画を久しぶりに観たな。彼の主演作『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007年)は実にいい映画だった。ハル・ホルブルックが懐かしい。

  • 歌舞伎町を舞台に杉咲花の磁力と個性的なアンサンブルで魅せる『ミーツ・ザ・ワールド』

    芥川賞作家・金原ひとみの柴田錬三郎賞受賞作小説の映画化。僕はこの手の「現代に生きる女性の姿を見つめた」みたいな作品は苦手であまり積極的には鑑賞しない。なのになぜ観に行ったかというと一にも二にも杉咲花の磁力に引っ張られたからである。『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年 監督:中野量太)以来、彼女は新作のたびに気になってしまう俳優のひとりだ。

    イケメンBLアニメをこよなく愛する根っからのオタクである27歳の由嘉里(杉咲花)は、仲間たちが結婚や出産をする状況に焦りを感じていた。婚活に乗り出し合コンに惨敗し、歌舞伎町の路上で酔いつぶれていた由嘉里は偶然通りかかったキャバクラ嬢のライ(南琴奈)に助けられ、そのまま彼女の部屋でルームシェアするようになる。ライとの生活の中で由嘉里は安らぎをおぼえるようになっていくのだが、ライには自殺願望があるのだった…というストーリー。

    監督は『アフロ田中』『ちょっと思い出しただけ』の松居大悟。僕の中で松居監督はテレビ東京で放送されていたドラマ『バイプレイヤーズ』シリーズメイン監督の印象が強い。物語の柱である大杉漣さんが突然亡くなってしまったとき、大杉さんの不在を物語に取り込んだ形でこのシリーズをきちんと成立させ、さらには劇場版まで持っていった功労者だ。この『ミーツ・ザ・ワールド』とも“大切な人が突然いなくなる”というモチーフが共通している感じがある。

    キャスト陣では杉咲花と南琴奈というふたりを、板垣李光人、渋川清彦、蒼井優といった芸達者な面々がガッチリと支えている。ストーリーの中心にいる南琴奈は、芝居にまだ硬さはあるけど独特の浮遊感があって役に合っているし、板垣李光人はこの若さでもうベテランの雰囲気があり、ちょっといい加減だけど人はいいホストをしなやかに演じている。渋川・蒼井は磐石の安定感で、特に蒼井優はこういう作品で脇に回るのをすごく楽しんでいる感じがあって素晴らしい。(蒼井優は2016年、松居監督の『アズミ・ハルコは行方不明』に主演している)

    あとはワンシーンだけだが杉咲花と焼肉デートをする相手として令和ロマンの高比良くるまが出演している。お笑い芸人は総じて芝居が上手いけれど彼も例外ではなかった。少しウザいキャラの役だったけれどその中に不器用な誠実さを滲ませていて「さすがだなあ」と思った。

    そしてやはり主演の杉咲花。この作品を観たくなったのはテレビで彼女の「オタク的」な早口しゃべりの芝居を見たからだ。相手の理解とかを気にせずにとにかく自分の言いたいことを早口でまくし立てる独特の芝居が妙にハマっていて笑わせてもらった。思えば去年は『市子』『52ヘルツのクジラたち』『朽ちないサクラ』と3本の主演映画を観たけど、どの作品も彼女の芝居に魅了されてしまった。彼女は小柄なこともあって、演じる役柄や実年齢よりもかなり若く見えてしまうけれど、映画を観ている間はそういうことを全く感じさせない。やはり生まれながらの芝居力が備わっているということなんでしょうね。

    舞台となっているのは新宿・歌舞伎町で、多くの人がよく知っている場所で堂々たるロケーションが行われているのも見どころだ。僕が歌舞伎町で朝まで飲んだりしていた時代はかなり昔で、今となってはその様子もかなり様変わりしてしまったけれど、その独特の雰囲気は映画の中にも残っていて、懐かしさを感じる部分もかなりあった。朝、明るくなってから新宿駅に向かう途中の歌舞伎町の空気というものは、それを味わったことのある人にしかわからないある種の切なさがあって、その感じをこの映画はとても上手く捉えていたと思う。

    2025年10月30日 @池袋グランドシネマサンシャイン シアター11

    蛇足的追記:

    ネットニュース等ですでに発表されているので、別にネタバレにはならないと思うが、劇中の肝となるシーンで菅田将暉が声のサプライズ出演をしている。映画を観ていた時に「あれ、聞いたことある声だな」と思ったけどすぐには気づかなかった。クレジットを見て「あの声は菅田将暉だ!」と分かった。松居監督との関係性(菅田将暉は2013年、松居監督の『男子高校生の日常』に主演している)で実現したらしいが、こういうのは実に面白いね。

  • 日本製胸キュンとは一味違う90年代台湾ノスタルジーに涙『ひとつの机、ふたつの制服』

    青春時代の甘酸っぱい思いを描いた作品は多々あるが、少なくとも現代の日本を舞台に、若者の青春を描いた映画には、定年を迎えたようなオヤジにはなかなか共感しにくい。俺らの青春時代はスマホもLINEもXもインスタも無かったしね。しかし、韓国や台湾の青春映画には今も「ひと昔前」を描いた青春映画の秀作が結構作られていて、大いに楽しませてもらっている。日本では人気コミックやライトノベルを原作にした「現代の」青春を描いた映画ばかりが圧倒的に多くて、ちょっと劇場には足を運びにくいんだよな。

    というわけで今回鑑賞したのは90年代の台湾が舞台の青春映画『ひとつの机、ふたつの制服』。公開4日目(祝日)の昼の回に鑑賞したが、劇場はおよそ半分ほどの入り。なぜかオヤジ率高し笑。

    受験に失敗し、母の押し付けでエリート高校「第一女子高校」の夜間部に進学したシャオアイ。夜間部の学生は全日制の学生と机を共有するのだが、シャオアイは全日制の成績優秀なミンミンと机に手紙を入れてやりとりする“机友(きゆう)”となる。全日制への憧れからミンミンと行動を共にするようになったシャオアイだったが、やがて同じ男子生徒に思いを寄せていることに気が付いて…というストーリー。

    全編ノスタルジーの塊みたいな映画だが、全日制への劣等感を抱きつつ、ミンミンと共に行動することで自分も全日制の学生になったかのような気持ちになるシャオアイの気持ちは痛いほどよくわかるし、これは「ひと昔前」のカルチャーを描きつつ、どの世代にも共感できる内容になっている。そして後半は『ペーパー・チェイス』(1973年 監督:ジェームズ・ブリッジス)みたいになっていくので、世の中を呪いながら受験戦争に身を投じたことのある人には身にしみる1作だ。

    パンフレットの記載によると、本来「学び直し」や「働きながら教育を受ける」システムであるはずの夜間部が、いつの間にか「全日制の受験に失敗した学生の受け皿」になり、学生のほとんどが現役生で占められているという状況になってしまったそうで、これは日本の「定時制高校」と似た状況のよう。この映画のモデルになった高校は、その影響で2004年に夜間部が廃止になってしまったらしい。こういうところを物語の背景として設定したのがまず興味深いし、日本のコミック原作恋愛青春映画と大いに違う部分である。

    主人公のメガネっ子女子・シャオアイを演じた主演のチェン・イェンフェイは本当に素晴らしくて、とにかく感情が「澄んでいる」演技を見せてくれる。偽りの全日制生活を謳歌していたシャオアイは、後半に現実のしっぺ返しをくらうことになるのだが、その揺れる感情表現が実に見事。そしてかわいい笑。緑の制服も似合っているし、私服のワンピース姿も卓球のユニフォーム姿も、メガネをかけていてもかけていなくても、⚪︎⚪︎を吐いてもとにかく全部かわいいです。

    俳優陣の演技・存在感は全員素晴らしいのだが、中でもシャオアイの母を演じたジー・チンには本当に圧倒された。映画後半にシャオアイと大げんかをして、彼女が「我が家が貧乏である理由」を語るシーンがあるが、そのセリフ一つひとつが心に突き刺さってくる。もちろん脚本が素晴らしいのですが、彼女の熱演と相まってこの映画のハイライトとも言える名場面。涙が止まりませんでした。

    そして僕がとても興味深かったのが、『あの頃、君を追いかけた』(2011年 監督:ギデンズ・コー)と同様に1999年の921大地震が描かれていたことだ。日本の阪神大震災や東日本大震災と同じように、この災害は台湾の人々に計り知れない影響を与えたのだということがよくわかるし、このことをきっかけに人間関係や意識がガラッと変わってしまうのも日本と同じなのだな、と改めて感じた。

    まあとにかく久しぶりにというか、今年一番の気持ちのいい涙を流させてもらった映画でした。Blu-ray発売しますように(祈)。

    『ひとつの机、ふたつの制服』監督:ジュアン・ジンシェン 11月3日 @シネリーブル池袋 スクリーン1

    以下蛇足的追記をいくつか:

    チェン・イェンフェイは棋士の羽生善治さんの奥さんになった元アイドルの畠田理恵さんに雰囲気がちょっと似ています笑

    全然知らなかったのだが、入場者特典があったらしく、キャストのポストカード3枚(ランダム)が配られていたらしい。残念ながら僕が観たのは公開4日目で配布は終了していたが、こんなことなら『爆弾』より先に観に行くんだった笑。

    あと、あまりにも感動したので珍しくパンフレットを購入したが、これまた素晴らしい内容でした。800円でしたが写真もふんだんに入っているし、インタビュー等資料的価値も高い。買うか迷っている方、おすすめします。

    『ひとつの机、ふたつの制服』監督:ジュアン・ジンシェン 11月3日 @シネリーブル池袋 スクリーン1